サイエンスインタビュー

第3回 「挑戦し、極める」

飯高 茂 教授

平成25年3月退官

整理されているのかいないのか判らないノートや論文、書籍、その他の書類の山がある。パソコンが新旧交えて雑然と並ぶ中、数人の学生が時おりマウスとキーボードを操りながら計算に没頭している。 飯高茂(いいたか・しげる)教授の研究室は、他の数学科の研究室と同様そんなに広くはないが、静かな活気に満ちている。 そんな飯高研究室は様々な人材を輩出している。今回は飯高ゼミ卒業生の一人、NHKアナウンサーの神田愛花(かんだ・あいか)さんを聞き役に、飯高教授にお話を伺った。
飯高 茂 教授の写真

「数学を極め、新分野を構築する」

Q.
先生、ご無沙汰しております。先生の研究室を卒業してもうすぐ10年。こうしてまたお会いできてとても嬉しいです。
A.
そうですか、私はときどき神田さんの顔を見たり声を聞いたりしているので、いつも会っているような気がしていますよ。
Q.
いつも番組を見て下さってるんですか!?ありがとうございます。先生もご覧になっていると思うと何だか緊張しちゃいます・・・。 それにしても先生、お変わりないですね。私にとって先生は『永遠の数学少年』というイメージです。実際にはいつ頃から数学に興味を持ち始めたのですか?
A.
高校1年のときの先生が私に数学の真髄を教えてくれたんです。その先生の代数の授業を受けて本当に『数学サイコー』という気持ちになりました。
Q.
『数学サイコー』ですか!その感覚、私も学生時代に感じたことがあります!先生はそれからさらに数学を学ぼうと、大学の数学科に進学されたんですね?(昭和41年東大理学部数学科卒)
A.
大学に入ってうれしかったのは、これで数学三昧の生活ができると思ったことです。それに、周りを見渡すと多くの数学少年がいる。そのうちの何人かはすごく頭が良くて、 そういう人たちと一緒に勉強したり本屋通いをしたりしてどんどん先のことを勉強できたのもうれしかった。これは幸運なことでした。この辺のことは、数年前に本にも書きました (『いいたかないけど数学者なのだ』(生活人新書、NHK出版、2006) 。
Q.
その頃抱いていたワクワク感を、今でもお持ちなんですね。改めてお伺いしますが、先生が研究されているのは「代数幾何学」ですよね?
A.
神田さんは私のゼミの卒業生ですから、そんなことはご存知のはずですが(笑…)、いやいや、意地悪なこと言ってごめんなさい。ええっと、平面上の放物線は、 2つの変数x,yの2次式で表された関係式のグラフとして解釈することができます。
Q.
ん~懐かしいです!高校で勉強しました!放物線だけでなく双曲線や楕円もそうですね。
A.
そう、グラフを式で表すことで、たとえば、天空を動く惑星や彗星の動きをほぼ正確に記述することができます。今では当たり前のことのようですが、これは本当はすごいことです。 さて、逆にx,yの多項式(和と積で表された式)は平面上のグラフ、つまり幾何学的な対象として扱うことができる。もっと一般化して、いくつかの変数のいくつかの多項式の共通零点 (多項式=0の解)の集合を扱う学問が代数幾何学です。いろいろな図形を代数的な手法と幾何学的な直感を駆使して研究します。20世紀の中頃から、数学のいろいろな分野で抽象化への取組みが進みましたが、 代数幾何学でも、ここではちょっと説明できないほどの抽象化が行われ、スキーム論というものが出てきました。ちょうど私が大学生の頃、グロタンディークという数学者が書いたスキーム論の入門書が出たばかりでそれを勉強しました。 スキーム論の立場から古典的な問題を眺めると、それまで霧に隠れていたものがすうっと晴れてとても見通しが良くなるんです。
2010年度の飯高研究所のメンバーと神田さん
2010年度の飯高研究所のメンバーと神田さんの写真
Q.
うう・・・すみません、少し難しくなってきました・・・。
A.
でも、実際の研究では足し算と掛け算ばかりですよ。ときどき微分とかしますが、扱うのは多項式ですから簡単です。とても抽象的で難しそうな数学も、ある個別の問題に適用すると最終的には高校生がやるような計算になります。 そんな計算を何度も何度も繰り返すうちに理論というものができあがっていくんです。
Q.
確かに、学習院で学んでいた大学の数学も、ある程度その問題が解けてくると、あとは小学校や中学校で習うような基礎的な計算を何段階かすれば答えが導き出せて、「わぁ~面白いなぁ」と思ったことを覚えています。先生は、初等・中等教育にもご関心があるそうですね?
A.
そうですね。最近は、計算技術よりも数学的思考にばかり重点を置く風潮があります。計算はコンピュータにやらせれば良いというわけですが、これはいただけませんね。でも、ただ計算練習を繰り返せば良いのかと言うとそうでもない。 抽象的な現代数学の中から一部分を抜き出して具体的な形にすると初等的に意味のある計算問題ができる。意味のある計算を繰り返すうちに数学的対象の本当の性質が見えてくる。 これが、「数学がわかった」という感覚、小平邦彦先生(飯高先生の師、フィールズ賞受賞者)のおっしゃった『数覚』を育むことになるのだと思います。 理想的な数学教育というのは、そういう意味のある計算問題が提示できる、つまり現代数学にある程度の理解があってそれを初等的な形に応用できることだと思うんです。 学習院の数学科でも教員志望の学生が大勢いますが、そういうスタンスで数学を学んでほしいですね。
Q.
子どもたちが計算問題を解いていくうちに、現代数学の理論にまで導かれていくとは・・・!初等で習う算数がこれまでとガラリと変わりそうですね。それにしても、理数系の知識は、社会に出てからも様々なところで役に立つな~と実感しています。理学部を卒業したという私も、 その成績までは知られていないことが幸いして(笑)、ロボットコンテストや科学関係の番組の司会など、理数系の知識を必要とする仕事がとても多いんです
A.
そうですか。数学科は理学部にありますが、数学そのものは自然科学の一分野ではありません。ただ自然科学の言語としての役割もありその意味で重要です。また、他の分野への応用を意図せずに研究されている純粋数学が、理論物理学などへ応用される例が少なからずあることも注目すべきです。 一時期、理科離れ数学離れなどと騒がれましたが、まだまだ数学や科学には挑戦すべき問題がいっぱいありますし、今はひっそりと隠れている理論、広汎な応用を持つかもしれない理論がたくさんあるでしょう。若い人には、ぜひ、夢を持ちそれを実現してほしい。そのためにも数学・科学の啓蒙活動は大切です。 神田さんのますますの活躍を期待しています。
Q.
ありがとうございます!最後にインタビュアーが励まされてしまいました!やっぱり、飯高先生はいつまでも私の先生ですね。ご期待にそえるよう頑張ります。本日はどうもありがとうございました。
A.
こちらこそ、久しぶりにお話ができて楽しかったです。

飯高教授の略歴

略歴
1965年 東京大学理学部卒業(数学科)
1967年 東京大学大学院理学系研究科修士課程修了(数学専攻)
1967年 東京大学理学部助手(数学科)
1977年 東京大学理学部助教授(数学科)
1985年~ 学習院大学理学部教授(数学科)
2013年 学習院大学理学部(数学科)退官

日本数学会彌永賞、日本学士院賞を受賞。日本数学会理事長、日本数学教育学会理事など多くの役職を歴任。

秋山 隆彦 教授

平成22年度に理学部の教育・研究施設として建設された地下1階、地上9階の南7号館は、学習院大学キャンパス南側の緑の多い、落ち着いた一角に位置する。先輩達が築いた伝統の上に、 更なる可能性をここから構築する思いで秋山隆彦研究室は、朝早くから夜遅くまで研究を行っている。飯高先生に続いて、化学科の秋山先生の研究室を訪問した。 秋山先生は、国内外の有機化学で最も注目されている研究分野の一つ “有機触媒”を開拓し、その研究に日夜取り組んでいらっしゃる日本で最も期待される研究者の一人である。
秋山 崇彦 教授の写真

「化学の新領域を開拓し、体系化する」

Q.
秋山先生、はじめまして。この南7号館、私が在籍していた時は当然ありませんでした。 外の光がたっぷり差し込んで、自習している学生の皆さんの声も聞こえてきて、とても明るい雰囲気ですね。
A.
はい、神田さんが在籍されていた当時に比べると研究環境も格段に良くなりました。また、緑も多く、公園の中の勉強施設といったら大げさでしょうか。すばらしい研究環境ですよ。
Q.
在籍中に化学科にも友達が出来ましたが、彼らが見たら羨ましがります。
それでは、秋山先生の研究について教えて頂きたいのですが、 先生の研究テーマは簡単に説明して頂くとどんな内容なのでしょうか?
A.
一言でいうと「有機触媒化学」「合成化学」の研究です。
Q.
「有機触媒化学」・・・。初めてお聞きした言葉です。
A.
平成22年度ノーベル化学賞は、「有機合成におけるパラジウム触媒を用いたクロスカップリング」でした。触媒を用いると、非常に穏やかな反応条件で、一見不可能な反応が起きます。 鈴木、根岸、Heck先生方は、パラジウム触媒を用いて、これまで合成が難しいとされていた炭素同士を自在に結びつける画期的な技術(クロスカップリング)を開発し、 創薬やハイテク関連物質合成で大変重要な研究をされました。しかし、これまでの触媒反応は、パラジウム触媒でも分かるように、パラジウムという金属錯体が必ず関与します。 従って反応後の金属錯体の処理など注意を払わなければなりません。場合により、金属錯体は害になることもあります。金属錯体を用いずに触媒反応が出来れば、これまでと違う触媒反応を開拓できます。
Q.
新しい反応をさせる事ができるなんて、夢のようですね。その新しい触媒を発見したきっかけは、何だったでしょうか。 ノーベル賞受賞の鈴木先生が言われる「セレンディピティー(重要なものを偶然に発見する能力・才能)」でしょうか?
A.
多少そういう要素もあるかもしれませんが、私の場合必ずしも突発的に見つかったわけではないですね。 私が学習院に赴任した際、今後の研究の方向性として「シンプルだけれど有用な研究を行いたい」ということを考えていました。 そこで注目したのが「プロトン(H+)の化学です」。先ほど言ったように、いろいろな反応を行うにあたり金属を用いるのが“定番”でしたが、金属触媒は取扱いに注意を要するものが多い。 また、反応の後に残る金属が問題になることがあります。もし、取扱いやすく、安価なプロトン酸でいろいろな反応が進行すれば、より良い手法になり得るのではないかと考えたわけです。 それを進めていく過程で、非常にいい触媒に出会えたのは、自分としても幸運でした。
Q.
ただ、そういった発想が実際に考え通りうまくいくかどうか確かめるのは、本当に大変な作業だったのではありませんか?
A.
新しい考えに基づき、化合物を合成するわけですから、実際に実験を行う学生も大変ですし、またその実験を指導する私ども教員も大変でした。 朝早くから、夜遅くまで、鬼気迫る、そういう形容がぴったりの意気込みで実験・研究を行ってくれました。
2010年度の秋山研究所メンバー
2010年度の秋山研究所メンバー写真
Q.
学生の皆さんも一生懸命だったんですね。目的の化合物が合成出来た時、学生さんたちも嬉しかったでしょうね。
A.
朝、学校に行くと、学生が私の部屋の前に待ってくれて、先生、ついに目的化合物を合成出来ました、と真っ先に報告してくれました。私も嬉しくなり、その日は、合成した学生と祝杯をあげました。
Q.
きっとその学生さんたちにとっても、一生の自信と思い出になりますね!その後、その研究に関して何かありましたか?
A.
新しい研究を行うと、同じような事を考え付く人がいるとよく聞きます。私達の研究を外国の雑誌に発表した1カ月後に、同じような研究が発表されました。非常に驚きました。
Q.
では、その先生の新しい有機触媒を用いた研究成果を、分かりやすく説明して頂けますか?
A.
私が開発した触媒は、金属を含まない、有機化合物だけから合成した「キラルリン酸触媒」というものです。医薬・農薬等の医薬品の多くは、右手と左手のように似ているけども異なる、いわゆる、鏡合わせの関係にあるものがある。 実はこの違いが、薬として使う際に大きな問題になることがあります。極端な話をすれば、“右手”は薬として作用するが、“左手”は逆に毒性を示す、といいたことがたまに出てくるわけです。 そうなってくると化学的に薬として働く“右手”のみ作れないかと思い立つ。そこで活躍するのが、我々の開発した「キラルリン酸触媒」です。これを使う事で、いろいろな反応において“右手”のみを上手く選択的に作る事が出来るようになりました。
Q.
なるほど、大学の研究室で薬を作ることが出来るなんて、素晴らしいですね。将来的に学習院発の薬剤を作ることも出来たりして!?
A.
そうなればいいですね、ただ、研究室で合成したものがそのまま薬剤として使用できるわけではないので、すぐという訳にはいきませんが…。
Q.
楽しみです!新しい発見に果敢に挑戦される秋山先生が、学生さんたちにのぞむ事は何でしょうか?
A.
「夢」を持って、持続的に努力する事でしょうか。私ども化学に携わる者は、よく先輩から教えられたことですが、先輩の実験技術を盗めとか、先生の後ろ姿をよく見て学びなさい、と言われました。
Q.
職人さんが、ひたすら先輩のあとについて伝統の技を自力で受け継いでいこうとする姿を想像します。
A.
そうかもしれませんね。
Q.
今日はどうもありがとうございました。先生の今後のより一層の研究の発展を、お祈りいたします。
A.
こちらこそ、ありがとうございました。

秋山教授の略歴

略歴
1980年 東京大学理学部卒業(化学科)
1982年 東京大学大学院理学系研究科修士課程修了(化学専攻)
1985年 東京大学大学院理学系研究科博士課程修了(化学専攻)
1985年 塩野義製薬㈱勤務
1988年 愛媛大学理学部化学科助手
1994年 学習院大学理学部助教授(化学科)
1997年〜 学習院大学理学部教授(化学科)

日本化学会学術賞、有機合成化学協会第一三共・創薬有機科学賞を受賞。 日本プロセス化学会理事。

関連リンク集

神田 愛花 さん

インタビュアー

学習院大学理学部数学科卒。
大学3年生時には準ミス学習院に選ばれた。2003年NHKに入局。アナウンサーとして、「ワンダー×ワンダー」や「ロボットコンテスト」「生中継46年ぶりの皆既日食」など、様々な番組の司会やナレーションで活躍中。
神田 愛花さんの写真
学生時代の神田 愛花さん
学生時代の神田愛花さんの写真

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